本江邦夫の「今日は、ホンネで」 第50回

洋画家丸山 勉 Tsutomu MARUYAMA

アトリエは、東京・世田谷にあるマンションの一室。懐かしいおもちゃや小さな骨董品など、作家お気に入りのモチーフたちと絵の具に囲まれたタイトな空間

現在進行形の技法、素材だからこそ同時代の感性を表現できる

西洋絵画の素材と技法を活かしつつ、わが国独特の感性をどう表現するか。
それに挑んできたのは巻頭の洋画特集で紹介した先人たちばかりではない。
アクリル絵具をベースに、漆喰のような肌触りと日本画のような平面性で
独自の画風を切り拓く実力派・丸山勉。その制作の核心に迫る。

日本画のような漆喰のような……

独特な絵肌で描く理由

本江 私、丸山さんには以前からお話し聞いてみたかったんですよ。白日展や日展で拝見していてね、作品の質感が独特でしょう? 洋画の展示だと知らなければ、むしろ日本画なのかと思うくらい。

丸山 そう言われることは多いですね。

 

本江 しかも、アクリル画だというのがまた不思議なんですよねえ。

丸山 そう言われることも多いです。

 

 

本江 質感がね、すごく印象的なんですよ。漆喰のような、あたたかで堅牢な手触りを感じさせるマチエール。あれはどうやってつくっているんですか? 

 

丸山 うーん、単純に言ってしまえば何回も塗り重ねているということで。そんな特殊なことではないんです。


本江 ふむ。中でも人物画がすごく良いんですよね。何とも言えず上品で、独特の雰囲気がある。壁から人が抜け出してくる……いや、だんだん、じわじわと出てくるような感じなんですよね。ちなみにモデルは奥様ですか? 

丸山 いや、カミさんを描いたものもありますが、他のは別のモデルさんですよ。

 

本江 大体似たような顔になるんですよね。みんなそうですけれどね、マティスでも誰でも。

丸山 あんまり陰影を使わないので、東洋的な顔立ちが描きやすいんですよ。それでカミさんっぽくなるのかな(笑)。

 

本江 言われてみれば陰影がない。よく見ると輪郭線もないですね。

丸山 僕は線は使わないので。塗り分けで描いています。

 

本江 そういったことがあいまって、あの独特の雰囲気が生まれるんですね。いつも展覧会で、しみじみ「いいなぁ」と拝見するんですよ。

丸山 ありがとうございます。

 

本江 画風が好きな画家とかは特にいますか?

丸山 そうですねぇ……基本的にボッティチェリは大好きですね。

 

本江 ああ、なるほどね! たしかにダ・ヴィンチやラファエロじゃない感じはします。

丸山 晩年、ちょっと絵が崩れちゃっているように見えるところも好きで。なんであんなに首が長いのか、とか。でも、実際に絵を見てみると、すごく納得させられるんですよ。あの長さが気持ちいい、という感じ。その感覚を大事にしながら、独自の表現の可能性を拓こうとしている。そこに絵画の「芸術性」、ひいては「美」があると思うんですよ。自分もそうありたいな、と。

いま最も重要なマテリアル、

だからこそ画材として使いたい――丸山

「文化的」ではなく「文明的」

アクリル絵の具がもつモダニズム

本江 そういう意味では、丸山さんの作品のマチエールは実に独特だと思うんだけど、そもそもアクリルで描いていこうって決めたのは、いつだったんですか?
丸山 大学に入ってわりとすぐですね。


本江 何かきっかけが?
丸山 さっきのボッティチェリもそうですが、僕らの学生時代ってルネサンスの技法がわりとクローズアップされていたので、大学で色んな研究をやったんです。やっていくうちに、ルネサンスの技法は、イタリアで生まれたものなので、気候が違う日本でそのままやるとカビが生えたり本来の堅牢さを得られなかったり、ということがあって。それであんまり意味がないと思ったんです。

 
本江 なるほど。
丸山 一方で、アクリル絵の具というのはテンペラの考え方をベースに作った絵の具だとは思うんですが、テンペラのように歴史を持った「文化的」な絵の具じゃなくて、現代のテクノロジーが生んだ「文明的」な絵の具だから、あんまり民族とか国とかそういう独自性に関係なくずっと使っていけるのかなと。


本江 なるほど。モダニズム的な素材ということですね。
丸山 それをあえて油絵風に使う人もいますが、それなら油絵具を使ったらいいじゃないかと思うので、僕はそうはしたくないんです。
僕の作品が日本画風に見えちゃうのは、やっぱり、自分は日本人で日本で絵の勉強をしてきたわけで、そこの部分はしっかり表現していきたいと思っているからなんでしょうね。

 
本江 立派です、そこまで考えてアクリルを使っているとは。モダニズム的な絵の具を使いつつも、感性と画風は日本人的というわけですね。
丸山 僕は、一時その方面でアルバイトもしていたくらい、ゲームやアニメも好きなんですが、あの世界ってよく観察すると、非常に興味深いんです。世界的にみると、黒人の子供は、同じ肌のキャラクターを使いたがるし、白人も同じ傾向。日本人くらいです、髪色は紫でも金髪でもいいし、肌色も色々ありうる、というのは。それを考えると、人の気持ちの本質は、僕たちが思っているよりも、かたく狭いものなんだと思うんですよね。 逆に日本人の感性が、非常に特殊だともいえますけれど。


本江 そうですよね。日本人はそういうことに関しては一番寛容だと僕も思います。 いや、アクリルで日本画風の作品を描く丸山勉の謎がだんだんわかってきましたよ。
アクリル以外には何か使っていないんですか?
丸山 モデリングペーストを使います。

 

本江 へえ! それはまた珍しい。確かに、石膏みたいですもんね絵肌が。
丸山 モデリングペーストは大理石のペーストなんですけど、それだけだと色がつかないので、それに半々ぐらいでアクリルを混ぜて、ゆるくなり過ぎないようによく練ります。それをキャンバスにつけても、やや色がつくくらいなので、それにまたアクリルを塗り重ねていく。そしてこうやってできた凸凹の溝の中に、今度は金泥を入れ込んでいくんです。


本江 金泥も!? 随分、複雑なんですねぇ……。アクリルだけだと、やっぱりこういうような(作品を指さして)質感は出ないものなんですか?
丸山 アクリルだけだと、エッジが立たないんです。金泥も、光らせるわけではなく、要は布の間に金属層が入ると画面が締まるんです。日本画に彫り塗りってあるじゃないですか? アクリルだけではあれはできないので、モデリングペーストと金泥を使って、画面がベターっとしないように、カチっとさせるんです。


本江 へえ、おもしろい! そういうのを全部自分で考えるわけですか。大したものですね。
丸山 アクリルって一部の人にはあまり良く思われていない素材なんですが、今、工業とか製品関係の世界では、もうほぼアクリルしかないよねっていう時代なんですよ。分子量が大きくて物質としてもすごく強いのが、その最大に理由です。だから絵具としても使い方によって非常に堅牢なものになる。
歴史を見ても、それぞれに時代につくられた、最先端の絵の具をみんな使ってきたと思うんですね。油絵にしても、日本画にしても、そうだったと思うんです。それらにはすでに巨匠と呼ばれる作家が確定しているけれど、一方でアクリルはまだ誰もいない……というか決着がついてないですよね。それはつまり、これからの材料である、ということでもある。未来の可能性をおおいに含んだそのポテンシャルにも魅力を感じているんでしょうね。

 

「リアリズム・コンプレックス」――

若手作家たちとの交流がもたらすもの

本江 未来の可能性といえば、丸山さんの出品している白日展は、写実の若い人たちが多くて元気がある印象ですね。
丸山 日展のような法人組織ではなくて任意団体ですから、そこまで上下関係がかちっとしていないから、わりとのびのびやれてるんですかね。たまに、周りから「それで良いのか」なんて言われたりしますけれどね。僕自身はちゃんとやっているつもりなんですけど(笑)。

 
本江 丸山さんは白日展の若手作家を集めてグループ展も企画していると伺いましたが……。
丸山 はい、6月から大阪、名古屋、渋谷で「リアリズム コンプレックス」というグループ展をやるんです。

 
本江 それはどういう経緯で出た企画なんですか?
丸山 若い作家たちが、「東京の一部の作家しか仕事は全然来ない」っていうんですよ。でもみんな上手いですし、もっと発表の場があれば、と僕も思っていた。それなら、大阪は大阪で、名古屋は名古屋で何人かで集まって同じ名前で展覧会をやろうか、と。各地域の協力的な画廊さんと一緒に、それぞれにきちんと場をつくってあげようと思いまして。

 

本江 へえ! 親分肌じゃないですか。
丸山 そういう柄でもないんですけどね。ただ、この展覧会ではさまざまなモチーフで一人3~4点(3号~20号サイズ)描くように頑張れ、とシリを叩いて。3年限定くらいでやってみて、それでダメだったらダメだと思った方がいいよ、と言っているんです。3年やってどこかの画廊とコネクションができればそれはいいですし。
そうしているうちに、新しい作家が増えてきたら、セカンドシーズンでまた一部メンバーを入れ替えてやってもいいかなと思っているんですよね。

 
本江 若い作家たちとそんなふうに交流があるのはいいことですね。「リアリズム コンプレックス」という命名もいい。
丸山 それぞれ、サブタイトルも別につけています。たとえば、大阪はサブタイトルが「ガフの扉は開かれるのか?」で。

 
本江 「ガフの扉」?
丸山 ヘブライ人の伝説にでてくる魂の住む部屋のことなんですけど、「新世紀エヴァンゲリオン」というアニメにも出てくる用語なんです。だから若い作家には、そういう意味でもピンとくるというか。
絵の具を塗って固めれば絵っぽくはなるけれど、あなたの作品に本当の魂は入っていますか? そういう問いかけのメタファーとして、丁度良い。

 
本江 なるほどね。エヴァンゲリオンは全然わからなかったなあ(笑)。

丸山 彼らの世代には、心に刺さるフレーズだと思うんですよ。名古屋のサブタイトルは「THE 7SENSES+」でこちらは「聖闘士星矢」からきています(笑)。

本江 ああ、「聖闘士星矢」ならわかる。第七感でしたっけ?
丸山 はい。第六感の先の第七感を使って主人公たちが戦う話なんですが、それと七人の出展メンバーの感性=センスとをかけています。ちなみに渋谷は「BOYS AND GIRLS +」というタイトルで。夢を抱き、未来を見つめる者たちというストレートな意味ですね。

 

本江 おもしろいね。ところでつかぬことを聞きますが、経費などはどうしているのですか?
丸山 経費は画廊の方に持っていただいています。10号の作品に関しては買い取ってもらい、カレンダーにします。そのメンバーを集める労力を考えると画廊側にも、メリットはあると思うんです。といって、公募展ベースでやると内部のヒエラルキーがあるので実現は難しい。だから僕個人が画廊さんと一緒にやる、というスタンスで。

 
本江 大したものですね。そういうの、前例がないよね。 
丸山 一風変わったことなので、非難も浴びると思いますが、僕もキュレーターとしてちゃんと名前を出して、正々堂々とやっていこうと。

 
本江 いや、素晴らしいですよ。そこまでできるのは。
丸山 結果として、どのようになるかはわかりませんけれどね。
展覧会場での売れる、売れないということについては、若手といえども人気作家が多いのでさほど心配はしていないんです。といって、彼らが現状で満足してしまっては先がない。だからこういう機会にお互いの作品をぶつけあっていけば、いい刺激にもなるだろうな、と。僕自身もそうやって若い人たちと関わることによって、気持ちの鮮度が固くならないようにしているんです。

素材の理解の深さと、時代の

リアリティへの洞察に感服しました――本江

なんでもある国と時代に

いかにしてリアルを見つけ出すか

本江 そういうリーダー的な存在って、大切ですよ。大学で教えたりはしないんですか? 今の話を聞くとけっこう学生にちゃんと教えられるような感じがしますけど。
丸山 今のところ依頼はないですね(苦笑)。結構、僕、怒っちゃうかもしれないですし。

 
本江 いやいや。大事ですよ、今、怒れる先生というのは。私なんか、「学生に普通に怒るのは本江先生くらいです」って言われますよ。「私が話しているんだから、話すな。ちゃんと聞け」って怒ったら、「新鮮でした」なんて(苦笑)。
丸山 僕も結構怒っちゃう方ですねえ。我慢ができないんですよ。だから、一人で黙々と制作を繰り返すことを仕事にしているのかもしれませんね。

 
本江 終わりなき制作の日常、とでもいいましょうか……。
丸山 去年の震災のこともあって、ごくありふれた日常を描くことが本当に多くなりましたね。


本江 そう言われてみると、なにげないモノを描いていらっしゃる作品、多いですね。このアトリエのそこかしこに、モチーフとなったものがいっぱい。


丸山 そうです。日常的に触れているものを描いていることが多いです。
日常というのは意外と安心感があるもので、今みたいにマクドナルドも行けば安く食べられて、居酒屋に行けば安く飲めて、なんでもあるという国と時代に生きているからこそ、その当たり前の日常の中にちゃんと良いもの、価値のあるものを見つけていくということがこの時代をリアルに生き抜くということなんじゃないかなあと。

 
本江 その通りですね。
今日お話をうかがって、アクリルで描くことにここまで同時代的なリアリティを感じ、素材としての理解も深くした上で制作されていることに、たいへん感服いたしました。普通は、乾きが早いからとか扱いやすいとかそういうことが理由で使っている人がほとんどですから。
丸山 僕は、アクリルを代用品としてはとらえてないですね。


本江 そこがポイントなんでしょうね。この感じは、他の人が同じようにやっても出るものじゃない。アクリルを極めていこう、という意志がやっぱり画面から溢れているんでしょう。
今日はとても興味深い話が聞けました。今後の作品を楽しみにしています!

 

この対談は2012年に行われました。

 

まるやま・つとむ
1963栃木県生まれ。86年東京造形大学卒業。87年白日会展初出品、M賞受賞。以降、同展を中心に発表。90年同展T賞、富田賞受賞、会員推挙。99年日展初出品、特選受賞(03年も)。以降、日展にもほぼ毎年出品(07年会員推挙)。05年総理鑑定作品寄託。09年白日会展文部科学大臣賞。個展、グループ展多数。現在、白日会会員、日展会員。

 

もとえ・くにお
1948年愛媛県生まれ。76年東京大学大学院修了後、東京国立近代美術館に勤務。98年より多摩美術大学教授。近著に『絵画の行方』『オディロン・ルドン』『現代日本絵画』ほか。