ステートメント

■自然体で描く

絵の中で役割を見つけていく

例えば、薔薇を花瓶に活ける。キャンバスのサイズを考えボリュームを決める。画面の中でグッとくる部分に花を描いて行く。花を支える花瓶の入れ方大まかな形に絵の具を置いていく。段々と主役、脇役が決まっていく。脇役は主役を引き立たせるための形に修練されていく。背景は花と花瓶が引き立つための応援団だ。

理屈より直観で

絵を描く時、僕には難しい理屈は必要ない。直観的に感覚と合致する様に絵の具を淡々と置いていく。暗くてよく見えない部分は明かりを当て観察する。対象を理解していく事が僕にとっての絵を描くという事なので、暗い部分は画面上にほぼ存在しない。

 

言い換えれば、目の前の料理を只只貪りつくす感じ。作法や薀蓄めいた事を気にしている間にせっかくのご馳走は冷めてしまう。事実、脳の部分で「美味しい」と「美しい」を感じるは同じ部位だ。文字通り美しい味がオイシイのだ。

 

調理人は自己の美意識、故に修行が必要なのだろう。

 

技術・技法より心構えで

それでも、何を描くかは絵描きにとって大きなテーマだ。100円の林檎を描いて100万円で売るのだ。と言い切った作家もいた。美術の価値のわかり易い暗喩だと思うが、僕自身は余りそそられるフレーズに感じなかった。重いテーマや、美術史の中に出てくる壮大なテーマも今の自分にとってリアルがどうかで考えたい。

 

これらは、長年僕の仕事を支えてくれたモチーフ、いわば相棒。何かの縁でアトリエの住人になった。

 

幾らか前の話しになるが、白日会展の初日に会場に入ると中山忠彦先生が僕のところに小走りに近づいて、出来の悪い出品画の講評をして下さった。今でも印象に残る言葉は「愛」。君の作品から愛が感じられない。もしモデルに愛情を持って描けば、もっと美しい形が見つかるはずだ。僕は、その言葉を何度も思い返した。実は、先生から頂いたご指導で今でも3つ心に強く残っているのは、

 

1)愛情を持って対象を描く。

2)対象の目に見えない所を描くのが本当の写実。

3)絵描きは結局自分で作品上の問題を解決しなければならない。

 

いずれにしても方法論でなく心構えだ。言葉の上でも技術・技法とはいうが、美術・美法とはならない。つまり、美術は方法論では辿り着けない、心構えの表現だろう。

 

しかしながら、これらの考え方を支えるのは、基礎力だ。歌でも音程やリズム感が怪しいのに技巧に走れば、ステージに上がれない。基礎力は、表現の馬力。僕はそう思っている。

2013

4F「唐辛子」

パネル キャンバス アクリル 金泥